「Save The Yen」というタイトルの由来について。

 これは、基本的には、1995年の超円高の時に、あまりにも翻弄される円の姿を見て、日本を救うべき立ち上がった為替ディーラーを中心とした7人の男達の話を小説にしようと考えて、その時につけた題名です。小説自体は、その後の日銀(大蔵省)の馬鹿らしいほどの介入を目の当たりに見て、途中であほらしくなって投げ出しましたが、そういう気持ちはまだ強く心に残っています。円高が悪いとか円安がいいということではなく、本来市場に委ねられるべき相場が愚かな政治家(大蔵省=榊原)や一部の投機家によってめちゃくちゃにされている。そういった意味で「円を救え」と言いたいのです。私自信は、日本人ではありませんが、日本で生まれて、日本がとても好きだし、一種「アンチ・巨人ファン」のような気持ちで、円相場、日本経済の未来を応援しております。よろしくご理解のほどを。
「相場は魔物である」 
それは予測という行為が「神」に近づこうとする行為と同等だからだ。

そして、為替ディーラーは死んだ。。。。。。。。。。。。。。。
設立のご挨拶
 実は、正直に告白しなければならないと事がある。 それは、昨年
私がホーム・ページ「Save the Yen」を始めたばかりの頃のことだった。

 「えーっ、個人の為替取引? それも高々10万ドルの売り買い?」

 「そんなスモールのポジションなんて大した利益にもならないじゃん!」

 それは、当然銀行で毎日何百万ドルの取引をしてきた経験からすれば、
屁にもならない金額だろう。

 ところが当初の私の感慨は見事に覆された。

 ホーム・ページを通じていろいろな個人の投資家と知り合い、また、
オフ会やBBSで議論を重ねるうちに、彼らがディーラー達も顔負けなほど、
非常に熱心に勉強していて、為替に熱い気持ちを抱いていることを知った。

 「おいおい、何だ! ちょっと馬鹿にできないぞ」。。。。。。。。。。

そう思い始めてから、今度は私が自分の職場を失うという憂き目にあった。

 自分のホーム・ページを続けていけるだろうか? それよりこれから自分は
どうやって生きがいを見つけたら良いのだろうか?

いろいろ考えてみると、もし、自分が好きな為替で生きていくなら、
この為替証拠金取引というのは、大きな可能性を秘めているのではない
だろうか? そうして、

 間違いなく個人の為替証拠金取引は、今後飛躍的に発展して行くだろう。

それは為替というものが一見ランダムに動いているようで、その裏にあるとてつも
なく大きなものに動かされているという事実が人を魅了するのだろうか?
不可解であって、時には非常に整合性の伴う「生物」のようなものだからだろうか?
私は、為替ほど人間心理に基づいて動いているものはないと思っている。
為替を知ることは、人を知ることであり、そして世界を知ることだと。。。。。。

業界の方々の努力で為替取引は非常に身近になった。少ない投資資金で、
しかも、24時間リアルの取引ができ、「世界」を実感できる取引が他に
あるだろうか?

 今、その為替取引が我々のものとなりつつある。

 しかし、まだそのマーケットは産声を上げたばかりだ。

いろいろ自分で考えてみた。取引をしようとすれば、良い取引会社は
幾らでもある。でも、本当の意味において、為替の取引をするために必要
な事とはなんだろう?

 それは、やはり

 「自らのスキルを磨くことではないだろうか?」

 ブラック・ホールのようなこの為替マーケットでは、一瞬の判断が致命傷となる。
 情報の有無が大きなチャンスを左右する。知らなければならない事はとてつも
 なく多い。それは単に、予測だけの問題ではない。ポジションのコントロールや
 売買手法だけでも、五万と転がっているのだ。

 そういう中で、「私にできることって何だろう?」自問自答してみると

 それは、やはり自分の経験をみんなに伝えることしかない。。。。。。
 
 私自身、大きな事を言えた立場ではない。
 「一体自分がどこまでわかっているかも、自分ではわからない」ものだ。
 でも、何か自分がこの愛する為替マーケットの中で貢献できれば。。。。。。

 そういう気持ちで、FX Strategic Co−opを設立を決意しました。
 これは、みんなで考えていく一種の「共同体」です。
 これから始める方々のためには、初歩的なことから、また、既にある程度の
 経験のある方のためには、情報交換の場を提供したり、より高度なスキルを
 学ぶために、そのスペースを作ることを考えました。

 私もまだまだ勉強中の身ですが、みなさんと一緒に協力して、より良い
 為替取引をすることができればと思います。

 それから、最後に今まで私を支えてくれた多くの方々に感謝の意を込めて。。。。

 
 為替ディーラーは死んだが、そのマーケットは今もまだ、着々とその脅威を
 広げている。

                                2002年11月吉日
   
                                      だいまん